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京都市内の病院へ(赤ちゃんの事②)

     <11月19日(金)>

紹介状を持って京都市内の病院に向かいましたが

紅葉シーズンだったと言う事もあり渋滞に巻き込まれ

到着するまでに1時間もかかってしまいました

その間 車の中は重い空気に包まれていました

病院に付き合ってくれたみんなが

(おっとぉ・ダイスケ・父・母)

その重い空気から脱出させようと

何かしら言葉を発するのですが

心なしかぎこちなく…

だけどそれでも

そんな皆の心遣いに救われたのを覚えています

なんとか病院に到着し受付を済ませた私たちは

産婦人科外来へ向かいました

掛かり付けの産婦人科の先生が

連絡してくださっていたおかげで

時間外にもかかわらず

直ぐに見ていただくことが出来ました

こちらでの診察の結果

何かの間違いだったと…赤ちゃんは大丈夫ですよ

と、言ってもらえるのではないかと

心の片隅で願っていましたが

やはり説明は同じようなものでした

子宮口を広げ陣痛促進剤を使って

出産するという事

それには一人目が帝王切開だったため

子宮破裂の恐れがあるという事

そして胎盤が子宮口にかかっているので

大量出血の恐れがあるという事

更には

今は妊娠15週目になるが

エコーで見ると赤ちゃんの成長は12週で止まっている

赤ちゃんの心臓が止まってから

3週間という長い時間が経過しているので

母体への影響が心配

DIC(播種性血管内凝固症候群)や

多臓器不全の恐れがあるそうで

早めに出産したほうが良いという事を言われ

帰宅する事も許されず

そのまま入院する事になってしまいました

入院後は休む間もなく

入院についての説明・病棟の案内・処置の説明をされ

悲しんでいる暇も無いくらいに

慌しく時間が過ぎていきました

ただ…

看護師さんの説明で

出産後あげることのできないお乳が張る事があるので

お乳の分泌を抑える薬を飲まなくてはいけない

と聞かされた時

心も身体も赤ちゃんを

受け入れる準備が整っていたのに…と

あげることのできない張っているお乳を見て空しく思い

止まっていた涙がまた出てきてしまいました

また更に出産後

死産届けを役所に持っていかなければならない事や

火葬までの流れを説明されました

この時

たとえ心臓は止まっていても

私のお腹の中で赤ちゃんは

今も頑張っているのに…

今する話じゃ無いんじゃないの?

と言う思いと

まだ受け止められていない現実を

更に突きつけられたような思いで

胸が張り裂けそうになり

また涙が止まらなくなってしまいました

しかし今思うと

出産後は精神的に

看護師さんの説明を聞き入れる

余裕も無かったですし

しかも

早い段階で説明していただいた事で

しっかりと前準備ができ

出産後慌てることなく

赤ちゃんとお別れする事も出来ましたし

この時に聞かせてもらっていて

良かったなと思うことができました

あの段階ではまだ言いにくいであろう事を

あえて説明してくださった

看護師さんの計らいには感謝しています

そんな説明が終わり

ようやくベッドに腰を下そうかと思ったところで

次は子宮口を広げる処置に呼ばれ

そのまま処置室に向かう事になりました

内診台に乗り

いよいよ処置の開始です

ラミナリア(海草で出来た素材のもので子宮口に入れ

それが水分を含んで大きくなり子宮口を広げます)を

子宮口に入れるのですが

これが本当に痛い…

特に私は一人目を帝王切開で産んでいるので

子宮口が1度も開いた事がないという事で

なかなか入らず…

あまりの痛さに体に力が入ってしまい

更に入りにくくさせてしまっていました

なので看護師さんに深呼吸を進められ

力を抜くように言われますが

思うように力が抜けません

結局何度しても入らなかったので

最終的には

「ちょっと痛いけど

子宮の入り口を引っ張って入れるから頑張って」

と言われ…

その直後は更に痛みが増して…

なんとも言えない激しい痛み…本当に辛かったです

しかし その痛みに頑張って耐えたにもかかわらず

なかなか入らず…

足は震え全身は汗だらけ

だけどお腹の赤ちゃんの事を思うと頑張れましたよ

看護師さんも 

ずっと手や足をさすってくださっていましたし

その後

赤ちゃんの存在と看護師さんのおかげで

なんとかラミナリアを入れる事ができました

処置後は子宮の痛みがズンズンと続き…

この痛みは赤ちゃんを産むまで

付き合うことになりました

そしてなんとか処置も終わり

これでゆっくり休めると思っていると

部屋に戻る間もなく先生に呼び止められてしまいました

外来で採った採血の結果

体が炎症を起こしているということが

わかったのです

幸いにもDICを起こしているようなデータは

ありませんでしたが

この数日熱が出ていたのは

それが原因だったようです

私は喉の痛みがあったので

風邪だと思っていたのですが

風邪だけで上がるようなデータではなかったようです

(CRP→4.4 WBC→9800)

1番疑われるのは子宮の炎症とだと言う事で

急遽 抗生物質の点滴が開始されたのです

その後ようやく家族との時間が取れたので

看護師さんに説明してもらった

死産届けや火葬の話しをし

棺に入れる物の準備の事を話し合って

自宅に帰ってもらうことができました

この時 16時

赤ちゃんの死を告げられたのが朝の10時ごろ

朝はまだ赤ちゃんの死も知らずに

いつもの穏やかな時間を過ごしていたのに…

この6時間で赤ちゃんの死を知らされ

火葬の話まですることになるなんて…

帰宅する家族を外まで見送った私は

赤ちゃんの死を知らされてから

初めての一人の時間となってしまいました

するといろんな思いがこみ上げてきて…

なんでこんな事に…

信じたくないよ…

赤ちゃんゴメンね…

そんな思いが頭の中をグルグルと回り

病棟に戻るエレベーターの中で

突然ポロポロと涙がこぼれてきたのです

一緒に乗っていた人はビックリしたと思いますが

どうしてもその涙を止める事ができませんでした

部屋に戻ってからも涙は止まらず

一人の時間が本当に辛く…苦しく…悲しく…

しかしそんなおっかぁを察してか

帰宅した おっとぉが何度も電話をしてくれて

ダイスケとも話させてくれて

気を紛らわせてくれたのです。

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コメント

涙があふれました。
juriさん、本当に辛かったですよね・・・。
ごめんなさい・・・今日はこれしか言葉が見つかりません・・・。

投稿: ai | 2011年9月 8日 (木) 14時33分

本当に本当に大変で悲しい経験をここまで書いた事…すごい勇気だと思うよ。
juriさん、辛かったよね
読んでて涙が止まらなかった。
言葉が見つからないけど…この時のjuriさんの気持ちに寄り添ってみたよ。
いつかきっと、新しい命がjuriさんのもとに来てくれると信じて、祈ってます。

投稿: ジュンコ | 2011年9月 9日 (金) 00時29分

☆aiさん☆
aiさんありがとうございます
aiさんの気持ちとっても嬉しいです
そんなaiさんの温かい気持ちが励みになるのです

投稿: juri | 2011年9月 9日 (金) 09時00分

☆ジュンコさん☆
ジュンコさんありがとう
書いている時は本当に辛かったよ…
今読み返しても涙が出るくらい
でもね、今回の出来事や思いは赤ちゃんのためにも
私のためにも絶対に忘れてはいけない事だと思って。
だから頑張って書き上げたの
寄り添ってくれてありがとう
言葉なんていらないのよ、その気持ちが嬉しいの

投稿: juri | 2011年9月 9日 (金) 09時05分

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